2018年12月16日

産炭地研究シンポジウム

昨日、赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設で開催された「産炭地研究シンポジウム−産炭地研究、その成果と展望−」に参加してきました。
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産炭地関連の講演行事は、しばらくご無沙汰をしていましたが、今回は少し視点が異なるような気がして、聞きに行ってみることにしました。
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メインは元日本炭鉱労働組合事務局長の高橋由紀雄さんのお話。北海道で最後の頃まで残った炭鉱が次々に閉山していく時代に役員を務めた方だけに、想像を絶する苦労があったものと思いますが、切れ味の良く淡々と1950年以来の炭労の歴史を語ってくださいました。質問をするにもテーマが重すぎますが、唯一会場から出た質問が、相次ぐ大事故に対して炭労はどう向き合っていたのかということ。これに対しても非常に考えさせられる答えをされていたと思います。北大の平井さんのお話も、現在の炭鉱遺産研究の意義や課題がわかり良かったです。
参加者は多くが地元の人で、7月にガイダンス施設がオープンして以来最高という80名が来場したとのことです。空知の旧産炭地の中でも構造物的には最も物が残っていないと言われる赤平市が、結局いまこうした活動がいちばん盛んに行われているのは赤平には人が残ったということなのでしょう。
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毎週末にラットアップされるようになり賑わいを取り戻した住友赤平炭鉱の立坑周辺。
炭鉱遺産を語るには外の視点と内の視点がありますが、20年ほど前の炭鉱遺産を巡る状況を思い返してみると、当時は内側からの視点で語るにはまだ時間が早すぎたということなのでしょう。
ここにきて、ようやく外の視点と内の視点の接点が出てきたように思います。その中でまだまだ絡まっている糸を解きほぐすのが大変な状況にあるというお話がありましたが、それを解きほぐしていけるかは、これからの数年にかかっていると思いました。
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赤平駅前の大正8年創業という布施呉服店は12月24日で閉店だそうです。10年前に制作された「0からのRE-スタート―あの火を未来へ―」という映画に出ていたのが思い出されます。
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雪に映える商店の明かりは、この時期の北海道ならではの光景で、いろいろな街の様子を写真に撮っておきたいと思っていますが、なかなか行けないまま、どんどん店が閉まっていきます。昭和そのままの店構えが印象的だった山平菓子舗も12/10をもって閉店とのことでした。
posted by onitoge at 12:57| Comment(0) | 日記

2018年11月11日

鉄道観光資源活用セミナー

続いて今日は、道庁赤れんが庁舎で開催された北海道鉄道観光資源研究会の鉄道観光資源活用セミナーを聞いてきました。
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パネル展のほか、昨日、今日と7つのステージイベントが企画されており、そのうちの一つです。
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テーマは「鉄道系学芸員から見た、鉄道観光資源」ということで、釧路市博物館、有島記念館、木田金次郎記念館、小樽市総合博物館、浦幌町立博物館の学芸員の方によるパネルディスカッションが行われました。学芸員が鉄道をどう見ているのか、非常に興味があったところです。

まず、何人かの方がおっしゃっていましたが、鉄道ファンなのではなく、仕事として鉄道を見ているということです。そのため、「鉄道観光資源」という見方とは若干かみ合わないところがあったように思います。
むしろ、学芸員として何をすべきなのかということを、それぞれかなり明確におっしゃっていました。学芸員は恵まれない境遇にあるという話もありましたが、それだけに仕事の意味を常に考えざるを得ないのでしょう。
車両を多数保存公開している小樽市総合博物館では、来て満足してもらえることが観光、そのため保存状態をよくすることに努めているが、一方で保存するためには非公開が理想という指摘がありました。
また、活用、応用が最近の流行だが、記録、記憶をつむぎ基礎体力をつけることが博物館の役割であるとか、情報を残すために企画展を行いその結果情報も集まるとか、新鮮な視点がありました。
魅力的な企画展や、本の出版に携わっている学芸員なども、思いのほか保守的な仕事をしていることを知りましたが、一昔前は博物館といえばほとんど考古学と自然史しかなかったわけで、産業系でこれだけの話が膨らむようになったのは大きな変化です。

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赤れんが庁舎では、道立文書館の企画展「殖民地区画図」も行われていました。最近、殖民地区画もだいぶん認知度が上がってきましたが、まだまだその全体像や地域計画上の意味は知られていないと思いますし、今後の北海道を考えるうえでも押さえておくことが多いように思います。殖民地区画とは何であったか、その制度の中でどんな試行錯誤が行われてきたか、あるいは屯田兵村、御料地、大学農場など殖民地区画によらない区画設計との違いなど、もっと掘り下げて紹介していってほしいと思います。
posted by onitoge at 23:35| Comment(0) | 日記

イザベラ・バード来道140周年記念シンポジウム

秋も深まり、各地で文化的なイベントが開催されています。生産的なことは何もできませんが、勉強のため、週末、平取、札幌と泊りがけでシンポジウムに2つ参加してきました。
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まずは11/10(土)に平取町の沙流川歴史館で開催された、イザベラ・バード来道140周年記念シンポジウム。『日本奥地紀行』に書かれているとおり、イザベラ・バードは北海道を函館から平取まで旅しています。
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富川から平取までの約15kmはイザベラ・バードが歩いたと推定される道がフットパスとなっているので、高速バスペガサス号を富川元町で降り、歩いて平取まで行ってみました。
大きく分けると、競走馬の牧場の道、沙流川の堤防沿いの道、去場から荷菜の旧街道に3分され、途中でがらりと雰囲気が変わるので、飽きることなく歩けました。
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基調講演、部門報告、部会報告と、計8名の方からお話がありましたが、それぞれバードをどう考えているのか、バードを通じて何を見ているのかというのが、私の興味でした。
そのような点でみると、バードが出発点になっているのではなく、自分がもともと行っている活動の中にバードを単なる記録者として位置付けているケースが多く、そういう見方もあったのかと気づく点もあったとはいえ、思いのほか底が浅い感じがしました。
その中では、平取出身の方が2、3人いたかと思いますが、やはり一味違う見方をしていたように思います。私も平取とは別に縁があるわけではないのですが、今年3回目の訪問となりました。バードも旅の終着点に選んだように、何かがある町であるように思われます。

シンポジウムは16時半に終わりましたが、帰りの便には困りました。南行きは終バスを過ぎており、北行きは日高到着の1分前に占冠行きが出発するという意地悪ダイヤ。ならば日高に泊まろう思っても、素泊まりなのにチェックインが18時までというので間に合いません。
困っていたところ、鵡川〜穂別間の富内線代替バスが土日関係なく運行しており、平取から国境を挟んで5キロメートルのところに平取入口バス停があり、鵡川でペガサス号に乗り継いで札幌に当日中に戻れることに気が付きました。バス停までハイヤーを頼みましたが、このルートを使う人は結構いるそうです。バスも鵡川〜穂別間はどこまで乗っても200円とのことで驚きました。
posted by onitoge at 22:52| Comment(0) | 日記