2018年07月27日

廃材もらって小屋でもつくるか

『廃材もらって小屋でもつくるか 電力は太陽と風から』が寿郎社から刊行されています。
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現在ジュンク堂書店旭川店で出版記念パネル展が行われています。
このあと、紀伊國屋書店札幌本店、函館蔦屋書店、喜久屋書店帯広店でもパネル展やトークイベントが予定されているようです。
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著者のイマイカツミさん、川邉もへじさん、家次敬介さんは3人ともよく知っており、私もいろいろなことを教わった先生のような方々です。こういう一から家を建てて、エネルギー的にも自立するという嘘のない実践本を誰か出してくれないだろうかと思っていたのですが、結局この方々が出してくれたのかと、妙に納得する思いです。
対して、私も一応建築や自然エネルギーの利用を仕事にしているはずですが、何も役に立つことができず、状況は深刻です。
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本の中で「(もへじさんは)年中薪ストーブで調理する暮らしに変えたそうだ」そしてそれは「最も文化的な思考の方向性だとも思う」とイマイカツミさんが書いていますが、私ももへじさんから直接聞きまして、それがごく普通のことだというような説得力を感じました。こういう暮らしが普通になってくれば、世の中もだいぶん変わるだろうと思います。
posted by onitoge at 21:49| Comment(0) | 日記

2018年07月08日

快速ふらの・びえい号で

本日予想外の好天で富良野まで行って来ました。
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今年初登場の「快速ふらの・びえい号」。年々混雑度を増すノロッコ号の対策として、ノロッコ号の30分後を追いかけて走る臨時列車として設定されました。旭川〜富良野〜上富良野と乗りましたが、車内はかなり空いていました。
富良野線に特急型車両が走るのはヘルシーウォーキング号などがありましたが、準定期的にとなると、1996年の快速リゾート田園休暇やオホーツク9号の迂回運転以来ということになりますでしょうか。

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富良野市博物館から上富良野町郷土館に会場を移して始まった「松浦武四郎の十勝越えを歩く会2018」の成果展。最近各地で松浦武四郎関連の企画展が開催されていますが、川沿いや海沿いを辿った他の地域と異なり、旭川〜新得は6回の蝦夷地探検の中でもほとんど唯一の長距離の山越えだっただけに、いろいろな解釈が生まれ、他の地域とはまた異なった松浦武四郎の見方がここにはあると改めて感じました。19日には講演会もあります。

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帰りに旭川駅前のイオンに寄ったらフードコートに「そば処 花の家」さんがオープンしていました。西武B館10階に入っていた時代に、職場の懇親会で何度かお世話になりました。西武閉店後、5条の旭川フードテラスに移っていたのですが、6月28日にイオンに引っ越したそうです。フードコートに入る他のチェーン店とは一線を画す少々高級感のあるお店ですので頑張ってほしいですね。
posted by onitoge at 22:24| Comment(2) | 日記

2018年06月17日

風間健介さんを悼む

写真家の風間健介さんがなくなったと推定されている日から早くも1年が経ちました。

風間さんを知ったのは20年ほど前のことで、当時「グループ炭坑夫」を名乗り、アルテピアッツァのイベントで風間さんの周りに若い人たちがたくさんいるのを見て、仲間がいる人なんだと誤解してしまったのですが、基本的に生涯孤独の人だったようです。

ホームページのリンクの連絡を機に、何度かメールでやり取りすることがあり、就職したばかりの私のことを気遣うメールをもらったりもしました。
まめにメールをくださった真意はわかりませんが、周りにはなかなか理解されない活動を続ける中で、インターネットの可能性を信じていたことは確かだと思います。死の直前まで、ブログを毎日のように更新されていました。

実際に会ったのは1度だけで2003年秋の写真展のときだったと思いますが、居合わせたテレビ局のディレクターをそっちのけにして、会場のパイプ椅子で1時間ほど熱心に話をしてくださいました。
そのとき既に体は悪そうで、将来こういう最期を迎えられるのは想像に難くなく、それだけに孤独死を遂げられたのはショックな出来事でした。

お会いしたとき、近い将来賞を取るので、そうしたら変わるとおっしゃっていたのが印象に残っています。想像ですが、結局賞を取っても何も変わらなかったのではないでしょうか。
まもなく、夕張を去られたと人づてに聞きましたが、その後は疎遠になってしまい、亡くなったことは新聞報道で知りました。

私もこれまで定職についてきた分、風間さんよりは要領よく生きてきたかもしれませんが、根本的なところでは同志であるような気がしています。それだけに、風間さんが孤独死という形で最期を遂げられたことは、自分の将来を見ているようで恐怖です。
もっとも、「夕張」という立派な写真集を残したのですから、十分な仕事をされたはずですが、ブログを見ると晩年はずいぶん精神的に苦しんでいたように見えます。
死の直前になって「贅沢は言わないが一度でいいから結婚したかった」と繰り返し書いているのも、あれほど孤高の人が最後はこうなるのかと複雑な思いがします。
風間さんの一周忌にあたりご冥福をお祈りするとともに、何とか最期が同じようなことにならないよう努力していくほかありません。
posted by onitoge at 21:24| Comment(2) | 日記