2019年05月02日

猿留山道

続いて4月29日は黄金道路の難所を避けて山越えする,猿留山道を歩きました。
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えりも駅から広尾行きのJRバスに乗車,7:34歌別バス停で下車。ここが,猿留山道の本来の西口となります。山道といってもここから6kmほど舗装道路を歩きます。写真の看板は肉牛牧場入口にあったもの。
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さらに,襟裳肉牛牧場の管理道路を延々8kmほど歩きます。視界を遮るものはなく,襟裳岬も良く見えました。
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本来の山道として残るのは10kmほど。途中,はしごがかかっている箇所が何か所かありましたが,様似山道のように足場の悪い箇所やロープを伝って歩くような場所もなく,大変歩きやすい道でした。
ただ,様似山道ではGPSを見ていたというのもありますが,一度も道を外すことがありませんでしたが,猿留山道では2度道を外しました。1か所はうっかり,もう1か所は倒木が原因と思われます。ただ,本来のルートには頻繁に目印がついていますので,目印が視界からなくなることでルートを外れたことはわかります。あと難所としてはガロウ川が本来の場所では足元を濡らさずに渡るのが困難で,渡りやすい場所を上流側に少し探す必要がありました。
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最高所の沼見峠からは豊似湖が望めました。家族連れの楽しそうな声が山にこだまして聞こえてきます。
鹿も何十頭と見ました。ナキウサギもいるらしいです。
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終点の目黒集落では旧目黒小学校が「森と湖の里ふれあい館」として,食事処になっていました。歌別から目黒まで約32km,7時間半を要しました。
帰りは日勝目黒バス停15:22発の広尾行きに乗車,帯広回りで帰ってきました。
猿留山道は全般に歩きやすい道でしたが,めったに歩く人がいないようで単独で歩くのはやはり不安があります。1日に1人でも山道を往来する人がいればもっと安心して歩けるようになると思うのですが,この先そういう時代は来るでしょうか。
posted by onitoge at 12:59| Comment(0) | 日記

様似山道

いま時期は苗ものの管理があるため,2日間くらいしか家を空けられませんが,ゴールデンウィークの出だしに様似山道と猿留山道を歩いてきました。両山道とも,18世紀末に幕府により開削され,昨年国の史跡に指定されています。
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初日は様似山道を歩きました。えりもの旅館に前泊して,ちょうど開催されていた「うに祭り」と郷土資料館ほろいずみを見学した後,JRバスで幌満バス停に11:31着。ここから日高耶馬渓の難所を回避する山道に入ります。
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山道の半分くらいは苔むした電柱を見ながらの心地よい地道でしたが,前半は道なき道の沢登りとロープを伝って歩くような谷越えがありました。ただ点々と木に印がつけてあり,迷うことなく進めます。途中3名の方に会いました。
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日高耶馬渓の展望。山道にはお地蔵様,宿場跡などが残り,距離も約8kmとほどほど,途中昆布干場付近で一部舗装されている区間を除くとほぼ全線が地道であり,大変魅力的な古道でした。
東口の入林届出所を12時ちょうどに出発,西口の入林届出所に15:10着。
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さらにアポイ山麓自然公園まで4kmほど歩いて,アポイ岳ジオパークビジターセンターを見学,アポイ山荘で食事をして入浴し,18:28発のJRバスでえりもに戻りました。
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JRバスのえりも駅は隣にセブンイレブンができていました。2016年10月にオープンしたそうです。この影響もあってか,本町唯一の地場スーパー「サンマート」が昨年6月に閉店,岬地区のスーパー「マルチュウ鈴木商店」も今月いっぱいで閉店とのとこです。
以前の職場でえりもに現場があったため,えりもは何度か泊りの出張で来たことがありました。今回は11年ぶりのえりも。当時はいつも同じ旅館に泊まっていましたが,今回泊まった2軒の旅館は初めてでしたが,いずれもちゃんとした旅館でした。旅館がいくつもあってそれぞれが元気な町というのは頼もしいです。
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2019年03月17日

鬼峠ミーティング2019

昨日鬼峠ミーティング終わりました。今回は、峠越えをとりやめ、少人数で議論を深めようという趣旨で企画し、大変有意義な会になったと思います。

■ニニウワークショップ
・旧T.A.邸でニニウの井戸事情を聞く。
・旧S.A.邸見学。
・ニニウ神社雪下ろし。
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↑馬頭観音堂見学。屋根は一斗缶を再利用して葺いたそう。馬頭観音は石造ではなく板書き。当時のニニウ青年会による手作りです。ニニウ神社、馬頭観音とも、元は駅逓向かいにあり、昭和30年ごろに現在の別々の場所に移されたこと、ニニウ神社の祠の手前に建っていた上屋は、パンケニニウの石綿鉱山にあった建物の廃材を利用して建てられたことを初めて聞きました。
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↑キャンプ場の先にある水神跡の見学。川に突き出たこの大きな岩の上にかつてはお堂があったそうです。

ニニウはあちらこちらに羊の牧場ができ、新たに通いで畑を始める人も出てきて、思わぬ発展を遂げています。

■討論
「夏に鬼峠を越えるには」「ニニウ民俗誌とりまとめの可能性」という2つのテーマに沿って、それぞれ30分少々意見交換しました。いずれも3年くらい前から出ていた話ですが、今回、それぞれ一段階前進できたように思います。
夏の鬼峠越えは、ツアー化やトレッキングコースとしての設定の可能性も見据え(まだ空想の段階ですが)、まずは雪解け後に調査する方向です。
ニニウ民俗誌は、作成のためにいちばん必要なのは、スケジュール管理をしてくれる人だという指摘があり、目からうろこが落ちました。みんなすごく忙しい中ですが、こういうものができるとよいというイメージが少し共有されてきたかと思いますので、できるところからでも着手していければと思います。
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■鬼峠交流会
名物「占冠おでん」、恒例の「森のかりうど」さんの鹿汁、道の駅「一恵」さんの新メニュー「エゾ鹿ひき肉みそ」のおにぎりをメインに、天然行者ニンニク、ニニウ産のゆり根など持ち寄りの素晴らしいご馳走でした。
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posted by onitoge at 23:18| Comment(0) | 日記