2019年05月26日

夏の鬼峠

先週,5月18日のこととなりますが,念願の雪のない時期の鬼峠(2代目)越えが実現しました。

林道開通によって,鬼峠が使われなくなって1年余りの1961年秋,占冠村史執筆のための取材で鬼峠を越えようとした岸本翠月氏が
「筆者は単身ここを通ってニニウに越し、ニニウの人々の六十余年の苦心のあとを実際にふんで見たいという念願をすてなかったが『悪いことは言わぬ、熊が出るからやめろ』といってとめられてしまった」書いています。
それから58年,現在の状態がどうなっているのか誰もわからない状況でした。

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3月に行われた占冠村ヒグマミーティングの実行委員長さん,事務局の方にも同行をお願いし,5名で車道が通じている峠頂上からスタート。いきなり肩まであるササやぶに,これがずっと続くのかと一同さすがに驚きましたが,そんなはずはなく,入り口が若干ずれていただけでした。
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ほどなく,はっきりとわかる道に出ました。感動です。
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馬車が走り込んで深く掘れたような道が続きます。
妙にいい道になったかと思うと,それは後年作られた作業道で,よく探すとその傍らに,古い道型がひっそりと残っていたというような場所が,何か所かありました。
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ほぼで一定勾配で下り,谷間に出たところで最後の渡渉。水の深さを心配していましたが,短靴で問題なく渡れました。

途中何か所か崩落がありましたが,基本的にはいい状態で道型が残っていました。馬車道がそのままの姿で残っているのは貴重だと思います。これに,人の道である初代鬼峠と組み合わせると,素晴らしい古道トレッキングコースができそうです。問題は熊です。
道自体はあと50年くらいははっきりと道とわかる形で残りそうなくらいしっかりしていましたので,その間に何らかの技術的解決がなされ,熊がいても安心して歩ける時代が来ることを願っています。
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2019年05月06日

みちのく松陰道・算用師峠

5月4日は津軽半島の小泊と三厩を結ぶ算用師峠を越えました。
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五所川原から津軽鉄道の始発で金木駅下車。駅前からタクシーで高山稲荷神社に向かいました。
2年前のゴールデンウィークはこの先の十三湖を訪ねたのですが,そのときみんな高山神社をすすめるので,ぜひ行きたいと思っていたところです。千本鳥居がある庭園は絵のような眺めです。令和最初の御朱印もいただきました。
神社からは歩いて,十三湖経由のバスで小泊へ。旧車力村のあたりは昔話に出てくるような景色が続き,茅葺き屋根の民家もたくさん残っています。
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小泊は下前でバスを降り2時間ほど散策しました。映画に出てきそうな昔ながらの漁村です。写真は小説「津軽」の像。
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津軽半島の西海岸を北上する国道339号が,海岸を進めなくなって山に上がっていくところが,算用師峠の小泊側入り口です。ここまでの国道約10kmは,時間の都合でタクシーに乗りましたが,できれば歩きたい風光明媚な道でした。
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算用師峠は小泊と三厩を結ぶ生活道路で,1852年に吉田松陰が防備検分のため通行したことから「みちのく松陰道」として,昔ながらの山道が現在も歩けるようになっています。
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途中,橋脚,橋げたなど全部木でできた森林鉄道の橋梁などもありました。
算用師峠で印象的だったのは,峠の西側と東側で印象がまったく異なること。まずは積雪の違いから植生が異なることがあるでしょうが,かつての営林署の管轄が違うことからの管理方法の違いもあり,その背景には表と裏と表現せざるを得ないような人の生き方の違いも見えてくるような気がしました。
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3時間で東海岸の三厩に出て,義経寺を参拝,奥津軽いまべつ駅から北海道に戻りました。

一昨年,十三湖や山王坊を回ったときも,わざわざ車を停めて,この土地を歩くときにはこういうことに気をつけなさいとわざわざ話かけてくれる人がいたりしたのですが,今回も金木,小泊で乗ったタクシーの運転手さん,今別のバスで会った地元の方などがいろいろなお話をしてくださいました。
基本的に私は人と話をしないほうですが,奥津軽というのはそういう場所なのだと思います。時間がなく旅行記にできないのが惜しまれますが,奥津軽いまべつ駅を利用してもっとたくさんの人に来てほしいという思いを感じる地域ですので,ぜひ旅行におすめめしたいところです。
posted by onitoge at 18:52| Comment(0) | 日記

殿様街道

ゴールデンウィーク後半は道南・福島町の殿様街道と,津軽半島を先端付近で横断する算用師峠を歩いてきました。
まずは,5月3日,第27回殿様街道ウォークへの参加です。
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松前から箱館に至る陸路が車道化されることなく山道として残っている区間で,菅江真澄,伊能忠敬,松浦武四郎など,江戸時代に北海道を訪れた人たちはみんなここを通っているという道です。
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現在は年2回のイベントでの通行に限定されているようですが,しっかりとした道で,何百年にわたり相当歩き込まれていた道であることがわかります。途中には廃止された松前線のトンネル跡や橋梁跡もありました。
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古道歩きのイベントととしては,道内でも最も回を重ねているものと思われ,2000年から実施されています。定員は50名でしたが,関係者を含めると100名近い参加があったようです。福島町の鳴海町長や渡島総合振興局長などそうそうたる人たちも参加しており驚きました。
主催メンバーの何人かは江戸時代の扮装をしていました。古道歩きのイベントといっても歴史に興味のある人は限られるので,正直バスツアーのような通り一遍のガイドを予想していたのですが,まったく予想に反して本格的な歴史解説でした。お話を伺いますと,この地の郷土史研究家として余計なことは話さずこの場所に関わりのあることしか説明しないようにしているとのことでした。そうでなければイベントも続かないし,だからこそ回を重ねるごとに新しい発見があるとのことでした。
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街道歩きが終わった後は,千軒小中学校跡の「あづま〜る」で,千軒そばをご馳走になり,松前神楽を鑑賞。松前神楽も昨年の国の重要無形民俗文化財指定で勢いづいています。この松前神楽がまた観光ツアー的なものではなく,地元の人でもめったに見ることがないという「翁舞」を含め,福島大神宮の宮司さん直々の解説で5演目が披露されました。福島町はこれまで縁もありませんでしたが,昨年の福島大神宮例大祭で四ヶ散米行列を見たところだったので,何か親しみを持って見ることができました。福島独特のものだという「ヨウソロー」という掛け声も生で体験できました。
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終了時間が1時間以上おしましたが15時18分千軒発の木古内行きバスに間に合い,北海道最古の温泉「知内温泉」で入浴できました。
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木古内で食事をして,新幹線で奥津軽いまべつ駅へ。新幹線ができてからこのあたりに来るのは便利になり,年に2回ペースぐらいで木古内には来ています。ここから先は2年前のゴールデンウィーンとほぼ同じ行程で,奥津軽いまべつ駅〜津軽中里駅間のバス「あらま号」と津軽鉄道を乗り継ぎ,五所川原の宿に向かいます。
奥津軽いまべつ駅ができたことで,西津軽,奥津軽方面が非常に行きやすくなりました。
盲腸線だった津軽鉄道も,「あらま号」で新幹線とつながったことで今では幹線の一部として本来の交通機関の役割を担っています。しかし,運行開始から3年がたって,奥津軽いまべつ駅と各地を結ぶバスは死に体で走り続けているような気がしないでもありません。地元でもかなり頑張ってPRしているようですが,もっと多くの人に訪れてほしいところです。
posted by onitoge at 18:16| Comment(0) | 日記