2016年09月30日

西武旭川店閉店

西武旭川店が本日ついに閉店しました。
2009年に一度閉店の話が出てから,私も日用品を含めて,西武で売っていないもの以外はすべて西武で買うという心意気で,買い支えをしてきたつもりなだけに,無念です。
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たしか,2011年の震災以来点灯することのなかった,屋上のネオンが今日は点灯しており,これを見ただけで目頭が熱くなってしまいました。
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19時40分からの閉店挨拶。買物公園の1条通から宮下通の間を埋め付くほどの人です。これまで,閉店挨拶は何度か見ましたが,これほどみんなに惜しまれた閉店は初めてです。
都合で行けなかった人もいると思いますので,ここに挨拶の全文を記しておきたいと思います。
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○司会
1975年8月より西武旭川店としてオープン以来,旭川市内はもとより,北海道道北地区唯一の百貨店としてご愛顧とご支援を賜りました。その歴史を歩んできた私どもはいよいよ本日その歴史を閉じさせていただくことになりました。

41年の長きにわたりご愛顧を賜りましたお客様方には,心より御礼申し上げます。従業員一同,その万感の思いを胸に,ただいまより皆様方とお別れをさせていただきたいと存じます。私ども西武旭川店では,地元にお客様に百貨店ならではのファッションや雑貨,そして食料品に至るまで幅広いアイテムを取りそろえ,日々お客様と接してまいりました。

本日の皆さまとのお別れに当たり,そんな西武旭川店各部門より代表して参列させていただいておりますので,まずは,紹介させていただきます。
まず始めは,高級雑貨部門と婦人服部門です。
続いて紳士服スポーツ部門と子供部門です。
続いて婦人雑貨部門とインテリア雑貨部門です。
続いてレストラン街代表と専門店ロフトの店長です。
続いて食品部門とお得意様部門の代表です。
そして店長の遠藤でございます。

1975年8月に開店してから41年間,この西武旭川店でともにお客様と接した従業員の数はとても数え切れません。そのすべての従業員を代表し,ここで感謝の気持ちを表したいと思います。41年間のご愛顧,本当にありがとうございました。(拍手)
ここで西武旭川店全従業員を代表し,株式会社そごう・西武,西武旭川店店長遠藤進一より挨拶申し上げます。

○遠藤店長
皆さま本日はご来店いただきまして,誠にありがとうございます。(拍手)
西武旭川店はただいまの時間を持ちまして,閉店とさせていただきます。閉店に際しまして,一言ご挨拶申し上げます。

西武旭川店は1975年8月8日,ここ旭川の地に産声を上げ,本日まで41年間の歴史を刻んでまいりました。この間,ご利用いただきましたお客様をはじめ,旭川市,商工会議所,旭川平和通商店街振興組合など,地域の様々な皆様方のご支援とご愛顧をいただきながら,今日まで営業を継続してまいりました。このたび閉店を前に,お客様より西武旭川店,41年の歩みと思い出エッセイ展と題しまして,数々の大変心温まるメッセージを頂戴することができました。その中からも当店が皆様方の生活をお助けする一助となるとともに,数々の思い出の舞台になってまいりましたことを,感じ取ることができ,大変ありがたく,また感謝申し上げたい気持ちでいっぱいでございます。

本日,西武旭川店は歴史に幕を閉じますが,これまでの歩みが,皆様方の思い出とともに,記憶の中に脈々と息づいていくことを願ってやみません。従業員を代表いたしまして,これまで頂戴をいたしました,言葉では言い尽くせないほどのご厚情に心より感謝申し上げますとともに,旭川の地域,そして皆様方に幸多きことをご祈念申し上げ,甚だ簡単ではございますが,ご挨拶に代えさせていただきます。皆さま41年間のご愛顧,誠にありがとうございました。(拍手)

○司会
ここで旭川ガス住設株式会社代表取締役社長山本秀勝様,西武旭川店OG○○○○様より花束の贈呈がございます。

地元の皆さまと,ともに歩んできた41年間,たくさんのお客様の暮らしの中の様々なシーンで,そのお手伝いをさせていただきましたことは,この西武旭川店で携わったすべての従業員にとって,大切な思い出として深く刻み込まれています。改めて心より御礼申し上げます。(拍手)

これを持ちまして西武旭川店は,営業を終了とさせていただきます。いままで41年間,本当にありがとうございました。(拍手,ありがとうの声,音楽)

本日はたくさんのお客様に最後までお残りいただきまして,心より御礼申し上げます。本日は皆さま長時間にわたりまして,本当にありがとうございました。(拍手,ありがとうの声,音楽)
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挨拶の中に「歴史」「思い出」という言葉が何度も出てきました。いま大型店で,お客さんの思い出に残るというような誇りをもって商売をされている店が,どれだけあるでしょうか。

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閉店挨拶の後も,順次シャッターを閉めていく入り口で見送りをする市民の姿がありました。最後のお客さんが店を出られたのは20時13分,お金持ちの方でしょうか,ルイ・ヴィトンで手に持ちきれないほどの買い物をされて,多くの店員さんに見送られて店を出て行かれました。
posted by onitoge at 22:34| Comment(4) | 日記

2016年09月18日

旭川の近況

ブログに書くのがかなり久しぶりになってしまいましたが,何とかやっております。連休も遠出の予定はありませんが,今日は2つ近場のイベントに参加してきました。
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まずは,滝川の太郎吉蔵で開催された「首相官邸の前で」の上映会。2011年の原発の事故後,約2年間のデモを追ったドキュメンタリーです。いい映画だったと思います。
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映画が終わった後は,トークシェアと称して,5つのグループに分かれ,1人ずつ映画の感想を話し,それをグループリーダーがまとめて発表するという時間を持ちました。映画上映会は,ただ見るだけで終わることが多いですが,これは良い企画だと思いました。
意外だったのは,当時デモのことはほとんど報道されておらず,デモのことを知らなかったという感想を述べていた参加者が多かったこと。私はテレビをあまり見ないので,デモが報道されていなかったという事実に逆に驚きました。
最後に,虹の巣村の村長さんから,世の中を変えるのは消費です,というお話があって,そのとおりで共感できるのですが,もし,原発に反対している人からしか物を買わなかったとしても,まったく世の中は変わらないのではと思います。原発をやめるのは良いとして,石油や石炭に頼っている限り,結局問題を先送りしているだけだと思うのです。この点は,あれだけの事故が起こって,何10万人がデモをやっても,まったく変わりませんでした。たぶん,人間自ら変わるのは無理で,近い将来,人間の代わりに人工知能が世の中を変えてくれるでしょうが,それを見越して今何をやるべきかを最近考えてます。
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19時からは,旭川のまちなかぶんか小屋で開かれた,「佐野漫談 ありがとう,旭川西武スペシャル」を聞いてきました。セゾン文化,渋谷系という視点から,関係するレコード鑑賞を交えてのお話で,最後は西武旭川店A館の前身である,旭川amsのイメージソング「女、キラキラ。男、そわそわ。」(作詞:糸井重里,作曲:矢野顕子)で締めくくりとなりました。旭川とセゾン文化という関わりで,もう少し詳しい話を聞きたかった気はします。

西武旭川店は,閉店セールとはいえ,なぜ閉店する必要があるのかと思うくらい活況を呈していますが,テナントの動きも見えてきて,閉店が現実として目前に迫ってきました。
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大きな動きとしては,オンワード系の衣料品のテナント約20店が,オクノに移るようです。紳士ものでいえば,五大陸とJ.PRESSしか旭川に残らないような話も聞いたのですが,結局私が良く利用している店はだいたいが残ることになったようで良かったです。地場のオクノが,起死回生の機を得たことも,これはこれで良かったですが,ただ百貨店ならではの食器,生活雑貨売り場,デパ地下がなくなるのは,非常に残念です。
あと情報誌によれば,オクノのユナイテッドアローズがフィールに移転,西武の無印は駅前イオンに移転,ロフトは撤退とのことです。人気のA館地下「なの花」は旭川駅内に移転,B館3階のアメリカンボックスもどこかに移転の模様です。
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最後に悲報です。「旭岳べんとう」が小さくなってしまいました。横長の長方形だった弁当箱が,縦のサイズはほぼ同じに,横幅を縮めて正方形になりました。北海道の駅弁としては,別格の内容で,私も20回くらいは買ったことがあります。今までが,値段の割に中身が濃すぎたのかもしれませんが,小さくなった分,中身が普通になってしまいました。






posted by onitoge at 22:40| Comment(2) | 日記

2016年05月15日

ジオフェスタ

本日上富良野町公民館・郷土館で開催されたジオフェスタに行ってきました。
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同時並行で3つくらいのプログラムが進行する多彩なイベントでしたが,大ホールのほうをずっと見てきました。
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ふらの・ものがたり文化の会による朗読会「楢ノ木大学士の野宿 第1夜」
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北海道教育大学旭川校・和田恵治先生,徳山大学柚洞一央先生の講演に続き,パネルディスカッション。郷土をさぐる会の中村会長のお話は,もっとお聞きしたいところでしたが,時間切れになったのは心残りでした。
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2階研修室のジオパーク特別展示。
十勝岳ジオパークは,昨年からの3年計画で,来年度の申請を目指しているそうです。ずいぶん性急な動きだなと思ったのと,外からの人の風が若干強すぎるようにも感じました。いままで地道に活動してきた人たちが,ついていけないと感じるようではいけません。
また,今日はそういう位置づけでなかったのかもしれませんが,大正泥流から90年というこの機に,ただ災害を記憶にとどめる,悲劇を繰り返してはならないということだけではなく,災害の意味,そしてどう復興したか,なぜ復興したのかということを,あらためて掘り下げてみたいものです。たしかに90年たってもなお,こうしてイベントが開かれ,新聞などでも多く取り上げられるのは特筆すべきことですが,ややその辺のテーマの深まりが浅くなってきているように思います。
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ジオパークについてはあまり知らないのですが,実は,3月の鬼峠フォーラムの「鬼峠ツーリズムの可能性を考える」という中で少し触れました。たぶん,ここにある歩くツーリズムや屋根のない博物館の系譜の中で,いま最も,制度的に,またネットワークとして,うまく回っているしくみを持つのがジオパークで,やろうとしていることは周辺の概念と変わらないのではないのかと思います。
なので,外からお墨付きをもらえそうな要素を集めてジオパークにするのではなく,ジオということにはあまりこだわらず,いままで地元でやろうとしてなかなかつながらなかったことを,この仕組みを利用してうまく組み立てていくことができないだろうかと思いました。
posted by onitoge at 22:01| Comment(0) | 日記